この雨で、草餅は大丈夫かな.....
2026.09.28
今日は朝から雨です。
窓の外を見ながら、ふと京都の本家のことを思い出しました。
この雨で、草餅は大丈夫かな……。
そんなことが、頭に浮かびました。
私の父は、京都北山杉の産地である、山城中川北山町の出身です。
調布銘木の叔父は、父の弟にあたります。
兄弟二人だけが東京に出てきて、銘木を販売する商売を始めたのが昭和30年代。
今思えば、ずいぶん思い切ったことをしたものです。
京都の山里から東京へ。
北山杉の産地から、銘木を扱う商売へ。
時代の勢いもあったのでしょうが、
若かった二人の兄弟にとっては、期待も不安もあったはずです。

本家は、北山杉の植林を生業としてきました。
現在も北山杉を取り扱っています。
そしてその傍らで、「北山の里」という草餅を作り、
店頭で販売するお店を、多分、30年ほど前に始めたような記憶があります。
毎年5月の初め頃になると、北山杉の山裾へ蓬の葉を取りに出かけます。
山の空気の中で、少しずつ、コツコツと蓬を摘む。
取ってきた蓬はきれいに洗浄され、一年分を冷凍庫に保存します。
草餅づくりは、朝が早いそうです。
太陽が昇る前の朝一番。
薪で火をおこし、餅米を蒸し上げ、杵でついて草餅を作ります。

京都といっても、市内からは車で40分ほどかかる山の中です。
観光地のにぎやかなお店とは少し違います。
通りすがりのお客様がどんどん来る場所ではないのかもしれません。
それでも、その日に売れる分だけを作る。
余分に作りすぎない。
無理をしない。
でも、手を抜かない。
そんな昔ながらの商いの姿が、そこには残っているように思います。
年末、ゴールデンウィーク、そしてシルバーウィーク。
そうした時期は、一年の中でも比較的お客様が多くなるそうです。
本家の草餅を買ってくださった方は、「美味しい」と言ってくださるそうです。
私も何度か食べていますが、この草餅は、他のものよりも蓬の香りがとても濃い気がします。
口に入れた瞬間に、ふわっと山の香りが広がるような感じです。
香料のような強さではありません。
もっと自然で、少し懐かしい香りです。
「ああ、これは本物の蓬なんだな」
そんなことを思わせてくれる草餅です。
発案者は、本家の叔母でした。
叔母は、本当に料理が上手な人でした。
私は小さい頃、夏休みや冬休みになると、長い間、本家で過ごしていました。
山の中の暮らし。
朝の空気。
土の匂い。
川の音。
台所から漂ってくるご飯の匂い。
五右衛門風呂の薪が燃える匂い。
思い出すのは、穏やかな時間といつものごとく食べ物のことばかりです。
田舎の美味しい料理を毎日のように食べていた私からすると、この草餅は、
「そうだよね。さすが叔母さん!」という味です。
座布団10枚。
いや、もう少し差し上げてもよいかもしれません(笑)。
北山杉は、すぐに商品になる木ではありません。
苗を植え、成長に合わせて枝打ちをします。
まっすぐ伸びるように手をかけ、節の少ない、背筋の伸びた清々しい木に育てていきます。
北山杉が成木となり、実際に使えるようになるまでには、30年以上の年月がかかります。
30年。
言葉にすると短いですが、人の暮らしで考えれば、とても長い時間です。
子どもが生まれ、大人になり、親になるくらいの年月です。
他界した祖父が、こんなことを言っていました。
「自分の代で販売にこぎ着ける成木は、先代からの贈り物だ」
そして、
「自分は次の代のために、今を生きているのだ」と。

その言葉を聞いたとき、子どもの頃の私は、
どこまで意味が分かっていたのか分かりません。
でも今になって思うと、とても深い言葉だったと思います。
自分の努力が、自分の代だけで完結しない仕事。
自分が植えたものを、自分が売るとは限らない仕事。
先代が残してくれたものを受け取り、次の代のためにまた手をかける。
北山杉の仕事には、そういう時間の流れがあります。
それは、なんだかとても素敵なことだと思います。
草餅も、同じなのかもしれません。
北山杉のように30年かかるわけではありません。
けれど、そこには、やはり受け継がれてきたものがあります。
叔母が考えた味。
山で摘んだ蓬。
薪で蒸し上げる朝の仕事。
その日に売れる数だけを作るという感覚。
そして、それを守っている本家の従兄弟。
草餅は、本家の従兄弟が叔母の味を守っています。
大げさに言えば、一本の北山杉を育てるように、
ひとつの味もまた、時間をかけて受け継がれているのだと思います。
どうか、この味を次の代にも引き継いでほしい。
そんなことを、雨の日にぼんやり考えています。
考えていたら、なんだかお腹が減ってきました。
草餅も食べたい。
叔母の漬けた沢庵も食べたい。
山椒の葉の佃煮も食べたい。
あの少し濃いめの味付け。
白いご飯にのせると、もうそれだけで十分です。
昔のことを思い出すと、最後はだいたい食べ物の話になります。
これは年齢のせいでしょうか。
それとも、私がただ食いしん坊なだけでしょうか(笑)。
本日は、一日中、雨。
東京にいても、京都の山の天気が少し気になります。
北山の里に、お客様は来てくれているのだろうか。
せっかく朝早くから薪で火をおこし、杵でついた草餅です。
雨で客足が遠のいていなければよいのですが。
でも、山の雨の日に食べる草餅も、きっと美味しいはずです。
しっとりとした空気の中で、蓬の香りがふわっと立つ。
そんな風景を想像しながら、私は東京でコーヒーを飲んでいます。
この雨で、草餅は大丈夫かな...。
そう思いながら、凜とした北山杉の育つ山里と、
そこに続く家族の時間を、少し懐かしく思い出しています。




