青渭神社の宮司様の一言がうれしかった
2026.07.27
青渭神社の宮司様の一言がうれしかった
〜地鎮祭の日に思ったこと〜
7月5日。
梅雨の名残を感じる、少しはっきりしない空模様の中、
予定していた地鎮祭を執り行いました。
今回の新築現場は、調布市深大寺東町。
氏神様は、深大寺総社である青渭神社(https://aoi-jinja.com/)です。

当日の午前中、私は宮司様をお迎えするため、青渭神社の境内に向かいました。
境内に入ると、鳥居に向かって左側に、大きな欅のご神木が静かに鎮座されています。
樹齢は600年から700年ともいわれ、調布市内に現存する最古の樹木として、
昭和47年4月に市の天然記念物に指定されているそうです。
その悠久の時間の長さに、ただただ圧巻。

約束の時間より少し早く着いた私は、携帯の天気予報を横目に、
湿度を含んだ怪しい空気の中で、そのご神木をしばらく眺めていました。
濃い緑の葉をたたえ、悠然と立つその姿。
何百年もの間、この土地の人々の願いや暮らしを見守ってきたのかと思うと、
ただただ「すごいなあ」と敬服してしまいます。
自分が社長業について、たかが6年。
社員の願いを背負うほど、まだまだ足腰は強くなっていないなあ、
などと少し苦笑いしてしまいました。
地鎮祭の現場は、前日の雨であちこちに水たまりができていました。
まずは雨水をかき出し、ぬかるんだ土地にコンパネを敷き、土地のほぼ中心に青竹を四方に立てます。
そこに縄を張り、紙垂を付けて、なんとか準備完了。
祭壇には、米、清酒、塩、乾物、野菜、果物をお供えします。

最近は、青竹や長く大きな昆布のお供えを手に入れるのも大変になってきたそうで、
大工の棟梁が世の中の移り変わりに、少し感慨深げでした。
昔から続いてきた儀式も、時代の変化の中で少しずつ準備が難しくなっているのですね。
砂を円錐状に盛り、御言葉が読み上げられる中、施主様、設計士、そして私が、鍬、鎌、鋤を手に取りました。
「えい、えい、えい」
声を出しながら、これから始まる工事の安全と、この土地での暮らしの安寧を願います。
施主様のご家族も参列され、幼いお子様も小さな手を合わせていました。
その姿を見ていると、胸の中に自然とこんな思いが湧いてきました。
この子が大人になる頃にも、これから建つ家が、ご家族の暮らしをしっかり守っていてほしい。
家を建てるというのは、単に建物をつくることではありません。
その先に続く暮らしを預かることなのだと、改めて心に刻む時間になりました。

儀式は無事に終わり、その後、施主様と設計士は近隣へのご挨拶に回られました。
その合間に、宮司様と少しお話をしました。
私は以前から、商売繁盛を神様にお願いすることに、少し抵抗があります。
「努力もしないで神頼みというのは、なんか違う気がするんです。
だから、商売繁盛そのものは、あまり神様にお願いしないようにしています」
そんな話をしたところ、宮司様はにこやかに笑って、こうおっしゃいました。
「自分勝手な望みを叶えるためのお祈りは、罰当たりですよ」
その一言が、妙にうれしかったのです。
やはり商売は、私なりに言えば、
「人事を尽くして天命を待つ」なのだと思います。
そうお伝えすると、宮司様はまたにこやかに、「そうですよ」とおっしゃいました。
世の中の安寧を、密やかに願うこと。
それこそが、本来の神頼みなのかもしれません。
地鎮祭は、これから建つ住まいの安全を願う儀式です。
けれど同時に、そこに暮らされるご家族の安寧を願う時間でもあります。
そして、そのご家族の安寧があってこそ、私たち作り手の仕事にも意味があるのだと思います。
「無事に工事が終わりますように」
「この家で、ご家族が穏やかに暮らしていけますように」
「関わる職人たちが、事故なく仕事を終えられますように」
そうした願いが重なって、地鎮祭という儀式になるのでしょう。
ところで、自分の家族の安寧はどうかというと、
これは我が家を守る山の神様のおかげでしょうか。
時々、目を三角にして祟りがありますが、いつも感謝しております。
ありがたや、ありがたや(笑)
【青渭神社写真 出典:調布市観光協会】
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